先日、友達と師走祭りに行って来ました。
宮崎にもこんな壮大な静かな祭りがあったとは・・・。
とにかく行って良かった、また来年も行ってみたい、そんな祭りでした。

目的地到着直前にご神幸行列に遭遇し、神楽をじっくりと見ることができました。
この場所には百済の禎嘉王が眠ると言われる古墳があります。
冷たい川で禊ぎもしながら、木城からの長い道のりを歩くのですが
このご神幸に参加しているのは、美郷町の41歳の男性たちです。
町外に住んでいる人も里帰りして歩くことになっているのだそうです。


たどり着いた神門神社前の広い田圃には、10メートルの高さのドントが20近くありました。


一年に一度の祭りに美郷町中の人が集まってきます。
よちよちあかちゃんから高校生まで、たくさんの子どもたちも・・・。
こんな祭りがある中で育つ子どもたちって幸せだなぁとつくづく思いました。
広い田圃でひときわ目立った物がありました。
いのしし汁の鍋です。


この鍋は岩手県南部特注でかなり高かったらしいのです。
「いくらすっと思う?」と聞かれ、165万円とピタリ当ててしまったので
いのしし汁をごちそうしてもらいました。
辺りが薄暗くなってくると、遠くの方のドントから一つずつ火が点けられていきます。


ご神幸行列に合わせて、次々に点火されていきます。
夜空に高く舞い上がる火柱と煙の中をご神幸行列が静かに歩いている様は、本当に神聖で厳粛な空気が漂います。
父は息子福智王に一年に1回だけ会うのですが
炎の中を歩いてくる息子の姿を待つ父親の気持ちを考えると、ぐっとくるものがありました。



木が燃えてはじける「ドンッ!」というすごい音が遠くで近くで響いてきます。
だからドントというんですね。
なぜ迎え火なのか?
もちろん、歓迎の気持ちでしょうが、
敵の目を誤魔化すため野焼きをしている中を歩いてきたところからきているのかもしれないな。
一緒に住むことが出来ず、父、母、息子たちがばらばらに隠れていたのはなぜ?
これも目立たないようにするためだったのだろう。
そんなことをあれこれ考えながら炎を見ていました。


言葉も通じない、違う格好をした百済の王たちを受け入れかくまった南郷と木城の村人たち。
子どもも弧育て、地域のコミュニティーもない
日本全体が「孤立」して弧国になってしまったこの社会に生きる私たち。
豊かさが違いすぎます。
違いを受け入れる土壌はこのような祭りを通して次世代に受け継がれていくんでしょうね。