
佐治晴夫さんの講演会、本当に良かった。
男と女、宗教と科学、心といのちが関係しあって、万華鏡のような世界をつくっている、というお話しでした。
宇宙の中のほんの小さな美しい水玉が地球。その水玉に生まれてきて、生かされていることは奇跡。
この101歳のヤマハのオルガンが、小さな街高岡でこの講演をするきっかけをつくってくれました。


佐治晴夫さんの講演会、本当に良かった。
男と女、宗教と科学、心といのちが関係しあって、万華鏡のような世界をつくっている、というお話しでした。
宇宙の中のほんの小さな美しい水玉が地球。その水玉に生まれてきて、生かされていることは奇跡。
この101歳のヤマハのオルガンが、小さな街高岡でこの講演をするきっかけをつくってくれました。
今年の夏は、何十年ぶりかで泳いだり潜ったり、海を楽しみました。
海の側で生まれて、潮の匂いの中で育ったからでしょうか?
海を見ているだけでも落ち着いて、体中の力が抜けていきます。
そういえば、子どもの時、小学校にプールができるまでは毎日のように泳ぎに行ってました。
泳ぎに行くとは名ばかりで、浮き輪で波と戯れるか、波打ち際で砂遊びするか、なんですが。
やっと潜れるようになっても、水中メガネをつけてプカーンと何時間も浮かんでいるだけ。
一日中海に浸かっていても全然飽きがきませんでした。
今年の夏は生まれて初めてスノーケリングを体験しました。
スノーケルをつけると息継ぎしなくてもず~っと海面に浮かんでいられます。
でも潜るときは息を止めないといけないんですよ。知らなかった・・・。
だからスノーケルつけても、1メートルも潜ると「重い」「苦しい」とアップアップ状態です。
スノーケルの意味が私の場合あんまりなかったかもしれませんね。
しかし、小学生の時やったみたいに、プカ~ンと浮かんでいるだけでも最高に気持ちいい。
体の力が抜けるし、心も開放されるし、何と言っても自分だけの世界に浸れるし。
海で遊ぶ楽しさを何十年ぶりかで体験しました。
生まれ育った環境って体に染みついてしまってるんですね。
そして、そこの風土に合わせて体もつくられていくんでしょうね。
だからこんなにも海を見ると安らぐし、気持ちがいい。
今年潜ったのはふるさとの海ではなく串間の海でした。
串間の海で育って、そして仕事の合間に海に潜って生活を楽しんでいる人がいたり
またお嫁さん連れてUターンしている人もいて、夫婦で串間の自然を満喫していて・・・。
ふるさとの海や山がそのまま残っているって今や贅沢なことで
まして生まれ育った土地で、一生を生きていけるって最高の幸せなのかもしれませんね。
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元気な3人の子どもの子育てにどっぷりつかっていた30歳の秋
三男がもうすぐ1歳の誕生をむかえようとする頃でした。
社会から一人取り残されたような孤独感に襲われ、
そして何か自分のことをしたいとあせっている時に、タイミング良く友だちに「バイオリンのおけいこ」に誘われたのです。
バイオリンには特別な想いがあり、中学1年生からずっと片想いでした。
音楽の授業で初めてバイオリンに出会いその楽器の形の美しさにただ圧倒され
一度でいいからバイオリンを弾いてみたい。
いや、ステージに立って美しく演奏してみたい、 そう夢をえがき続けていました。
誘われるまま気軽に始めたバイオリンのおけいこですが、肩が凝って耳の聞こえが悪くなるし、家で練習を始めると家族はどこかに消えてしまうし。思っているほど簡単ではなく、そしてその音や姿は美しくもなく、ちょっと後悔したのも昨日の事のようです。
5年後には宮崎シティフィルハーモニー管弦楽団に入団し オーケストラの演奏を弾くことができるようになりました。
音楽に触れると癒されたり、元気をもらったり、日常の緊張や想い煩いからちょっとだけ解放されてとってもいいものです。
練習前後の幅広い年齢の方たちとのおしゃべりは、練習と同様に楽しく、
いつの間にか私の大事な生活の一部になっていました。
弦楽四重奏をやったり、ちっちゃなコンサートを企画して演奏したり、
米バージニアビーチにバイオリンを担いで海外演奏旅行をしたのも思い出です。
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4年前から仕事が忙しくなり、夜の練習にも行くことが出来なくなって、宮崎シティフィルを退団。
気分転換に、楽しみで弾けばいいと思いながら、一年、また一年と経ち
この2年間はケースの蓋さえ開けることがなくなってしまいました。
弦楽器は弾けば弾くほど音が出るようになります。
手にとって可愛がるほど、音も姿も輝いてきます。
それができないならバイオリンが可愛そうで、
美しく響かせてくれる人のところに行った方が絶対いいと思いながらも、また1年が経ってしまいました。
でも思い切って昨日バイオリンを楽器店へ持っていきました。
フランスで生まれ、繊細で優しい音が出る楽器でしたが、泣く泣くお別れです。
どんな人のところへいくんでしょうね。
20年間、本当にありがとう。本当に楽しかった。
今日の宮崎県議会閉会の訂正案討議を聞いていて、ただただ驚いた。
協議になっていない。
手順がおかしく議会の権限ないも同然。
こんな議員さんたちに宮崎の県政を任せているのか、本当にがっかり・・・。
宮崎のこどもたちの教育指針を、こんな討議で修正していいの?
民主主義の社会に飛び立っていく子どもたちの未来を、
民主主義も解っていない、自己表現もできない、説得力もない、
ただ数の力だけで推し進める人たちに託していいの?
大丈夫だろうか?みやざき・・・。
ある言葉に大切な気づきをもらいました。
一気に視界が広がって、今感謝と勇気であふれています。
それは、今朝のNHKの1週間ニュースでのコメントなのです。
石巻市でご自身も被災しながら現地で取材されているアナウンサーの言葉です。
一向に進まない瓦礫の撤去、なかなか配分されない義援金・・・。
被災者にとって復興という言葉が重くのしかかってくる現状をリポートした後に、こう話していました。
「被災した人たちは、全国からボランティアが来て欲しい、お金が欲しい、と思っている訳ではありません。
最後の一人が復興するまで見続けていますよ、というメッセージを送って欲しいのです。」
これだ!これが答えだ!と思いました。
4月から「あなたを決して一人にしない」プロジェクトを取り組み始めましたが
何が具体的にできるのか自分で整理ができていませんでした。
先日伺った植松商事の取締役さんからまさしくその点を指摘していただき
そのことをずっと考えていました。
そこにこのアナウンサーのコメントです。
ひとりぼっちで苦しんでいる人にどうやってつながるか、そして何ができるかという具体策ばかり考えていました。
あなたは一人じゃない、企業のみなさんが、社会があなたのことを見続けていますよ、というメッセージを届けること、これが何よりも一番大切だってことをすっかり忘れていました。
いつも講演で「あなたのことを見ているよ、と子どもにメッセージを送ることが大事」って言ってるくせにね。
メッセージを送る相手が、大人だって、子どもだって、被災した人だって、同じことなのにね。
「あなたを決して一人にしないからね」というメッセージを届けるのがこのプロジェクト。
だから今できる事は、一社でも多くの企業とつながってネットワークをつくることです。
植松商事の取締役さん、NHKのアナウンサーさん、どうもありがとう!
行って参りました、都城での指導教諭の方への講演。
考えれば考える程、よくも話せたもんだと思ってしまいます。
だって我が子も随分生徒指導の先生にお世話になったもんですから(汗、汗・・・)
お世話になった先生はいなかったかしら。
我が子を通してのいろんな経験が、今こうやって講演している糧や力になっているのですからお許しを・・・。
生活指導の先生方のおかげで、今我が子はとってもいい子です。あっ、もう成人してたんだ。
また、十日後は小林でお話する予定です。
次回は時間オーバーしないように、簡潔にお話できるように、がんばります!
帰りに道の駅でご褒美を頬張りました~。おいしかった甘乳蘇(かんにゅうそ)ソフト!!
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ノーテレビデーを実践した学校で、ある小学生が言った言葉です。
「ゲームは時間どうろぼうです。」
すごいですね。
今週からFecebookを始めました。
いわゆるSNSと言われるウェブ上のコミュニティーは
ゲーム機と一緒で、まさしく時間どろぼうです。
時間だけでなく心も奪われないよう気をつけます。
毎日が介護、原子力のことで頭が一杯で、
話題が双方を行ったり来たりしますがお許しを・・・
父が倒れ入院して1ヶ月半経ちました。
意識不明の状態が一月続き、もうダメかも・・という状況を何度も乗り越え、
この2週間で、薄紙をはがすように意識が戻ってきているのはただ驚きとしか言いようがありません。
父が倒れる前に一番気にかけていたのは、母のことと東京にいる孫です。
自立するために試行錯誤している我が長男を、父は陰ながら支えてくれていました。
やっと帰ってくることができた長男は、毎日病院へ見舞いに行きました。
「じいちゃん、どんなね?」
「きついやろ?」
「僕が解る?」
たくさん話しかけるのですが、父はパクパクと口を動かし何かを伝えようとします。
でも、こちらの言っていることは聞き取れているのだろうか?
言葉を忘れてしまったかもしれない。
無意識に反応しているだけ?
という感じで、どう対応していいのかうろたえてしまいます。
コミュニケーションができないってこんなにも大きなストレスなんですね。
父にとっても、私たちにとってもです。
意識は戻りつつあると解っていながら悶々としていました。
そこに息子が帰省して2日目にビックリしたことが起こりました。
「じいちゃん、今年の巨人は調子悪いよ。」という話しを息子がした時です。
巨人ファンの父が、ホントか!?という表情をしたのです。
「今年は、巨人はダメだね。○○と○○が怪我しているしね。○○は打たないし。」
巨人情報の一つ一つに、アチャ~という顔とか、しかめっ面とかいろんな表情をしたのです。
「明日は試合があるはずだから、ラジオ買ってもってくるよ。」
父はそれに頷いていました。
父にはしっかりこちらの言っていることが聞こえているし、解っている。
ただそれに答えるエネルギーが戻っていないだけ。
それがはっきりと解りました。
息子にとっては、今までのじいちゃんに戻った瞬間でもあったのでしょう。
息子は目に一杯涙を浮かべていました。
息子を通して父は、寝たきりになっているけど父のままでいて、
今はなんとか生きようとして頑張っていること
父を通して息子は、人間らしい優しい青年に育っていること
これらが解って本当にうれしかったのです。
そしてこれからのことに向き合うエネルギーが湧いてきました。
「私が行ったときは全然そんな表情見せないのに!」と不満げな義妹。
「私だって毎日病院に行って声をかけるんだよ!」と言いたくなる嫁の私。
孫が帰って、昔のままの会話をして、ただそれだけで
父もまた生きようとするエネルギーが一気に湧き上がってきたように見えました。
父にとって孫は特別なんですね。
昨日のブログで、「脱原発」と書きました。
そうしたら、タイミング良くというか悪くというか
「脱原発」と叫ぶ前に、よく考えよ!とあるブログに書いてありました
そのブログ主の堀義人氏は、経営大学院学長さん。
若い起業家の育成に尽力されています。
堀さんの文章は誠実で、穏やかで、人間的なので大好きです。学ぶことがたくさんあります。
五人の男の子のお父さん(!)でもあり、こんなお父さんだったらいいなぁ~と憧れる人でもあります。
そのお父さんから、「脱原発」と簡単にいうな!ですからね。
父から叱責くらったように、シャキ~ンとなりました。
太陽光などの再生可能エネルギーが、原子力の代替えになる可能性はほぼゼロに近いそうです。
だから具体的な解決方法が無いのに、簡単に「脱」を叫んではいけない、ということなのです。
ごもっとも、と思います。
こんな論議の時には「原子力の代わりになるエネルギーはない」「自然エネルギーはどんなに頑張っても数%」という意見にいつもストップをかけられてしまいます。
でもその根拠はどこにあるのでしょう。
本当に再生可能エネルギーでは無理なのでしょうか?
NHKでは地熱発電の可能性を報道していました。
地熱発電は地震国ならではの方法ではないでしょうか?
それに、原子炉建設、放射性廃棄物のリサイクル、廃棄物処理にかかる費用の全てを
原子力の代替エネルギー開発にかけても、可能性はゼロなのでしょうか?
とても専門性の高い分野なので、どうもよくわかりません。
でも今一番知りたいと思っている点です。
どちらにも偏ることなく、冷静に教えてくれる人はいないでしょうか?